Space OSHO

Sannyas the ultimate love affair

A Mystery of Master and Disciple relationship

 

QUESTION

IS IT ESSENTIAL FOR A SEEKER TO PASS THROUGH ALL THE STAGES OF SAMADHI? CAN
BEING WITH A MASTER HELP TO SHOOT THROUGH A FEW?

探求者にとって、サマディーのすべての段階を通過することは不可欠でしょうか?
マスター(グル)と共にあることを通じて、いくつかの段階を突き抜けることは可能でしょうか?

ANSWER

No, it is not essential. All the stages are described by Patanjali because all the stages are possible,
but not essential. You can bypass many. You can even go from the first step to the last; the whole
path in between simply can be bypassed. It depends on you, your intensity, your passionate search,
your total involvement. The speed depends on you.

それは不可欠ではない。
パタンジャリによって、すべての段階が説明されている。
すべての段階を経る可能性はあるが、不可欠ではない。
沢山の段階を飛び越えることができる。最初の一歩だけで最後の段階まで行くことさえできる。
それに到る全ての行程を飛び越えることができる。
それはあなた次第だ。あなたの強烈さ、熱烈な探求、完全に没入できるかどうか
それ次第だ。どのくらい速く進んでいくか。それはあなた次第だ。

That’s why it is possible to attain a sudden enlightenment also. The whole gradual process can be dropped. Right this very moment, you can become enlightened.
That’s possible, but it will depend on how intense is your search, how much you are in it.

だから突発的なエンライトメントもまた起こりうる。
この全体の段階的なプロセス(過程)を落とすことができる。
いまこの瞬間、エンライトメントがあなたに起こりうる。
それは起こりうる。しかしそれはあなたの探求がどのくらい強烈か、そしてあなたの探求が
どのくらい深いかによってくる。

If only a part of you is in it, then you will attain to a fragment, a step.
If half of you is in it, then you will reach half the journey immediately, and there you will be stuck.
But if your total being is in it and you are not withholding anything, you are simply allowing the whole thing to happen right now, immediately it can happen.
Time is not needed.
Time is needed because your effort is part, fragmental; you do it half-heartedly. You do it, and you don’t also do it. You move one step forward and one step backward simultaneously.

もしあなたの一部分だけが探求にコミットしているのであれば、
部分的、一段階しか到達できない。

もしあなたの半分だけが探求にコミットしているのであれば、
すぐにこの旅の半分の地点まで着くことができる。しかしそこで行き詰まってしまうだろう。

しかしもしあなたの存在すべてがコミットし、一切何も出し惜しみせず、
ただ今この瞬間、あるがまま全てのことを起こるのを許したら、
それはいますぐに起こる。

時間は必要ない。
あなたの努力が部分的で断片的だから、時間が必要になる。
あなたは半信半疑、生半可な気持ちで努力する。
努力しているが、同時にまた努力していない。
それは一歩前に進んでいるが、また同時に一歩後ろにさがっている状態だ。


By the right hand you do, by the left hand you undo.                                                     Then there will be many, many stages, more than Patanjali can describe.

He has described all the possible stages. Many can be dropped, all can be dropped
– the whole path can be dropped. Bring your total being to your effort.
And being near with a Master can be a tremendous help, but that too depends on you. You can live physically near a Master and you may not be near him at all, because to be with a Master is not a question of physical closeness;

右手でしようとしているが、左手がまた元の状態に戻そうとしている。
そのような状態であれば、パタンジャリが説明しているよりも
もっと沢山の段階が必要になるだろう。

パタンジャリは可能なかぎり
すべての段階を表現した。多くを落とすことができる。全部落とすことさえできる。
それに到る全ての行程を落とすことができる。あなたの全存在をもって努力することさえできれば。

マスターの近くに共にあることは途方もない助けになりうる。
ただそれもあなた次第だ。
肉体的にマスターと近くに居ることはできる。
しかしあなたは彼の近くに居ないかもしれない。
マスターと共にあるということは
肉体的に近くにあるということが大切なのではない。

it is a question how much you are open towards him, how much
you trust, how much is your love for him, how much you can give of your being to him. If you are really close, that means if you trust and love, then there is no other closeness.
It is not a question of space, it is a question of love. If you are really close to a Master, all the paths, all the methods can be dropped because being close to a Master is the ultimate method. Nothing like it exists. Nothing is comparable to it.

大切なのは
あなたがどのくらいマスターにオープンであるか、
どのくらい信頼しているか、
どのくらいマスターを愛しているか
どのくらいあなた自身の存在を明け渡すことができるか
ということである。

本当の意味で近くにあるということ
それはあなたが信頼し、愛する。
それが一番近くにあるということだ。

空間が問題なのではない。
愛が問題なのである。

もしあなたが本当にマスターの近くにあるのなら、
すべての道、あらゆるメソッドを落とすことができる。
なぜならマスターの近くにあるということは
究極のメソッドだからだ。それ以上の方法は存在しない。
それに匹敵できる方法など他にはない。

Then you can simply forget about all the methods, all the Patanjalis; you can simply forget about them. Just being close to a Master and allowing the Master to enter your being,
you become just a receptivity, no choice on your part, just an opening, then this very moment the phenomenon is possible.

And I would like to remind you that by all the methods that exist in the world, many people have not reached. Greater number of people have reached through being near a Master – that is the greatest technique. But finally, everything depends on you.
That is the problem, that is the very crux of the problem: it doesn’t depend on me. Otherwise I would have given you already; then there would have been no problem.

そうしたら、あらゆるメソッド、パタンジャリが言ったすべての段階
は忘れてもいい。それらをただ忘れてもいい。
ただマスターの近くにあること、
あなたの存在の中にマスターが入ってくることを許すこと
それを通じて、あなたはただただ受容性そのものになる。
あなたの側からの選択は何もない。
そうしたら、まさにこの瞬間にも驚くべきことは起こりうる。

たくさんの人々が
世界に存在するあらゆるメソッドを通じても、
到ることが出来なかった。しかし多くの人々がマスターと近くにあることを通じて、到達することが出来た
それは最も偉大なテクニックだということをあなたに思い起こしてもらいたい。
しかし最終的にはすべてあなた次第だ。
それが問題だ。
それが問題のまさに要点だ。
それはわたしには何も関係がない。
さもなければ、わたしはすでにあなたに与えることできたはずだ。
もしそうだとしたら、全く何も問題はないだろう。


One Buddha would have been enough, and he would have given to all because he has infinity in his hands; you cannot exhaust it. He can go on giving and giving and giving, and he is always ready to give because the more he gives, the more he gets.

一人のブッダだけで十分であろう。
彼の手の中に無限にあるのだから、彼がすべての人々に与えることが出来たはずだ。

The more he shares, the more unknown sources open, unknown streams start flowing towards him. One Buddha would have given enlightenment to all the beings.
if it was dependent on a Master. It is not. In your ignorance, in your egoistic state of mind, in your closed imprisoned being, you will reject even if a Buddha wants to give it to you. Unless you want it you will reject; it cannot be given to you against you. You have to receive it, and you have to receive it very consciously, alert and aware.                                      Only in deep awareness and deep receptivity it can be received.

彼がもっとシェアすれば、もっと未知の源泉がひらき、
彼へと向かって未知の川が流れ始める。
ひとりのブッダが万物、生きとし生けるものへ
エンライトメント、光明を与えていたことであろう。
あなたの無知、自己中心的なマインドの状態、閉じ込められたあり方、存在のなかでは、
ブッダがそれを与えたいと思っても、あなたはそれを拒否するだろう。
あなたがそれを本当に欲しいと思わないかぎり、あなたはそれを拒絶するだろう。
なぜなら、それはあなたに逆らって与えられることはできないからだ。
あなたは受け取る必要がある。とても意識的に注意深く気づいて受け取らなければならない。
あなたが深く気づいて、受容的であるときだけ、
それを受け取ることができる。


Being near with a Master, close in love and trust, and allowing the Master to do whatsoever he would like to do, with no choice of your own, then there is no need to do anything. But then, don’t expect; then don’t even in a deeper part of your mind demand, because the very expectation and demand will become the barrier. Then you simply wait. Even if it is going to happen after many, many lives, even if you have to wait unto eternity, wait. And this waiting should not be a sad, depressed waiting. It should be a celebrating waiting; it should be festive; it should be full of joy.

愛と信頼のスペースの中でマスターの近くにあること、
彼がしたいことはどんなことであれ、あなたは選択することなしにそれを許す
そうしたら、何もする必要はない。
そして期待してはいけない。
あなたのマインドの深い部分でさえ、要求してはいけない。
なぜならまさにその期待、要求が障害になるからだ。

ただあなたは待つだけ。
もし沢山の、本当に沢山の生を経たあとに
それが起こるのだとしても、永遠に待つ必要があるとしても、
待ちなさい。

待つことが憂鬱で悲しげであってはならない。
それはお祝いにするべきだ。そしてお祭りに、喜びに満ち溢れているべきだ。
So these are the things: then you can become closer and closer and closer, and suddenly one day comes – the flame of the Master and the flame of your being become one. Suddenly there is a jump:

you are no more there, and no more is the Master; you have become one. In that oneness, all that the Master can give to you, he has given it to you. He has poured himself into you.

だからあなたが
どんどん近づくとき、突然
いつの日かマスターの炎と弟子の炎が
ひとつになるときがやってくる。
そこに飛躍がある。
その飛躍のなかで
あなたはいない。
マスターもまたそこにいない。
ひとつに溶け去った。
そのひとつに溶け合ったときに、
マスターはあなたに与えることができる。
あなたにマスターから彼の存在が注ぎ込まれる。

So it is not essential for a seeker to pass through all the stages of samadhi. It becomes essential only because you are not enough of a seeker… Then many stages. If you are really intense, sincere, authentic, if you are ready to die this very moment, it can happen.

だから探求者にとって、サマディーのすべての段階を通過することは
不可欠ではない。それは不可欠になる。なぜなら探求者としてあなたが十分ではないからだ。
だから沢山の段階が必要となる。
もしあなたの探求が本当に強烈で、真摯で、本物であれば、
もし正にこの瞬間死ぬ準備ができているなら、それは起こる。


Yoga: The Alpha and the Omega, Osho
CHAPTER 6. MIND IN A HURRY

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